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神戸地方裁判所 平成6年(ワ)1212号 判決 1996年12月20日

原告

桝田倫子

ほか二名

被告

上津陸運株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して、原告桝田倫子に対し金四一四万〇四三三円、原告桝田尚志及び原告木村純子に対し各金四五六万五五四九円及びこれらに対する平成六年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは連帯して、原告桝田倫子(以下「原告倫子」という。)に対し金一九五八万三二九二円、原告桝田尚志(以下「原告尚志」という。)及び原告木村純子(以下「原告木村」という。)に対し各金八七七万三五二一円及びこれらに対する平成六年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故により死亡した訴外亡桝田吉信(以下「吉信」という。)の妻子である原告らが、被告に対し、民法七〇九条もしくは自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成六年四月一三日午前一一時二五分頃

(二) 場所 神戸市東灘区深江南町四丁目四番是則倉庫前(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 事業用普通貨物自動車(以下「被告車」という。)

保有者 被告上津陸運株式会社(以下「被告会社」という。)

運転者 被告市岡正(以下「被告市岡」という。)

(四) 態様 吉信が、本件事故現場で作業中、後進して来た被告車に衝突された。

2  運行供用者

被告会社は、本件事故当時、被告車を自己のため運行の用に供していたものである。

3  吉信の受傷及び死亡

吉信は、本件事故により弓部大動脈断裂、左心耳破裂、左肺挫滅の傷害を受け、本件事故直後、死亡した。

4  身分関係及び相続

原告倫子は吉信の妻であり、原告尚志及び原告木村は吉信の子であり、同人の権利義務につき、原告倫子がその二分の一、原告尚志及び原告木村がその各四分の一の割合で相続した。

二  争点

1  被告らの責任

原告らは、「被告市岡は、後方確認をしないで被告車を後退させて本件事故を発生させたものであるから民法七〇九条により、被告会社は、運行供用者であるから自賠法三条により、それぞれ同事故により吉信及び原告らが受けた後記損害を賠償する責任がある。」旨主張する。

被告らは、「被告市岡は、本件事故当時、可能な限り後方確認をし、警笛を鳴らしながら、人が歩く程度の低速で被告車を後退させていたもので、全く過失がない。また、被告会社は、被告市岡の右運行に関し、注意を怠らなかつたものである。他方、吉信は、十分に事情を知りながら、危険な場所に入り、退避しなかつたものであり、過失がある。そして、被告車には構造上の欠陥、機能上の欠陥もなかつた。従つて、被告市岡は過失がなく、被告会社は自賠法三条但書の免責の抗弁の適用があるから、原告らに対し、責任を負わない。」旨主張する。

2  過失相殺

3  原告らの損害額

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲一〇、一一、一二の一・二、検甲一、乙一、二、一一、一二、一六、一七、検乙一ないし一〇、被告会社代表者及び被告市岡各本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故現場は、別紙交通現場見取図(以下「見取図」という。)のとおりであり、一般神戸市道と防潮堤により区分され、コンクリート舗装された平坦な道路としての形態を有する部分であるが、その入口には神戸市港湾局管理としての標識が設置されており、その敷地は、一般通行の用に供されることなく、企業の荷役場として利用され、交通規制は何ら実施されていない。

(二) 被告市岡は、本件事故直前、荷物を積載した被告車を運転し、本件事故現場に着き、同現場内にある鉄製プラット(以下「本件作業台」という。)に後退して接岸するため、西進して見取図〈2〉点(以下、見取図の記載を省略する。)に停止し、それから〈3〉点(被告車後部から衝突地点まで約一一・五メートル)まで後退し、同点で下車して被告車の後部扉を全開し、再び運転席に戻り、時速約一〇キロメートルの速度で後退を続け、一一メートル後退した〈4〉点で叫び声を聞いたため急ブレーキをかけたが、一・五メートル後退し、荷役作業台に約三〇センチメートルの隙間を残して停止した。

なお、被告車には、後退するとき警笛がなる装置が装着されていたが、たまたま本件事故当時、警笛が鳴らなかつた。

(三) 吉信は、本件事故前から、荷物の検数をする検数員として本件事故現場で仕事に従事しており、同現場の状況を十分に把握していた。

吉信は、本件事故当時も右仕事に従事中であり、被告車の到着を認識していたが、何らかの理由により、本件作業台の少し西側に東向きに立つていたとき、後退して来た被告車に衝突され、被告車と本件作業台に挟まれて重傷を負い、間もなく死亡した。

(四) 被告車の後方の見通し状況は、見取図の左下部に記載されたとおりであり、被告車後部両端の各点とその中央部から一六・五メートル後方の点との三角形の範囲で死角がある。ところで、〈3〉点の被告車後部から衝突地点までは約一一・五メートルであるから、〈3〉点から被告市岡が後退する際、衝突地点は死角部分に入つていた。

2  被告らは、本件事故当時、被告車には後退時に警笛が鳴る装置が装着されていて警笛が鳴つていた旨主張し、再見分報告書(甲一一)、車輌納車証明書(乙七)、陳述書(一七)及び同書(一八)の各記載並びに被告市岡及び被告代表者各本人の各供述中には右にそう部分がある。

しかしながら、右報告書は、本件事故の一年一か月後の見分に基づき作成されたものであるから、本件事故当時に故障していた装置の修理がなされた可能性があること、被告市岡及びその上司は、本件事故当時、警笛が鳴らなかつたことを認めていたこと(甲一二の一・二、乙八、被告市岡本人)、本件事故当時、被告車の警笛が鳴つておれば、本件事故現場が相当の騒音があり、吉信が後向きであつたとしても、同現場を十分に知つていた同人は退避できた可能性が高かつたと思われることなどに照らすと、右各部分をにわかに採用しがたく、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

3  右認定によると、被告市岡は、本件事故当時、被告車を後退する際、後方確認を怠つた過失があるといわざるをえないから、民法七〇九条により、後記損害を賠償する責任がある。

被告市岡に過失がある以上、その余の判断をするまでもなく、被告会社の免責の抗弁は理由がない。従つて、被告会社は、自賠法三条により、後記損害を賠償する責任がある。

二  争点2について

前記認定によると、吉信は、検数員として本件事故現場で勤務をし、同現場の状況を十分に把握しており、また、本件事故当時、被告車が本件事故現場に到着したことを認識していたから、たまたま同車の後退時に警笛は鳴らなかつたものの、同車が同人の立つていた付近に後退して来ることを比較的容易に知ることができたものと推認される。

そうすると、一般人なら別として、本件事故現場及び同事故時の状況を十分に把握していた吉信としては、本件事故当時、被告車の動静に注意をし、本件事故回避のための努力をすべきであつたのに、その点の努力が足りなかつたといわざるをえないから、同人にも多少の過失があるというべきである。

他方、前記認定によると、本件事故は、被告市岡が〈3〉点で下車して被告車後部扉を全開して再び乗車した際、本件衝突地点付近にいた吉信の発見を見過ごしたか、その後、他の場所にいた同人が、本件衝突地点を入つてきたのを見過ごしたか明確ではないが、〈3〉点で被告車の後方確認を十分にして同人を発見するか、その後は後方確認を十分にして同車の後部に入り込む同人を確認すべきであり、それらは十分に可能であつたのに怠つたといわざるをえないから、事業用の普通貨物自動車の職業運転者である同被告の過失は大きいというべきである。

そこで、その他本件に現れた一切の諸事情を考慮のうえ、吉信と被告市岡との過失を対比すると、その過失割合は、吉信が二〇パーセント、被告市岡が八〇パーセントとみるのが相当である。

三  争点3について

1  吉信分

(一) 逸失利益(請求額・三八〇九万四〇八四円) 三四五七万七七四六円

証拠(甲一、二、六ないし八、一三の一・二、原告倫子本人、弁論の全趣旨)によると、吉信(昭和五年一月三〇日生)は、本件事故当時、六四歳で社団法人全日本検数協会神戸支部に検数員として勤務し、一年間当たり、一七六万八五九三円の給与、三二二万六九〇〇円の老齢厚生年金及び三〇万円の港湾労働者年金(受給残余年数は一一年)を受けており、妻である原告倫子と長男である原告尚志と生計をともにしていたことが認められる。

右認定の吉信の年齢、職業、家族構成に同年齢の男性の平成六年簡易生命表による平均余命年数が一七・四〇年であること等から、同人は、本件事故がなければ、その後、八年間程度就労が可能で、一七年間程度生存することができ、その生活費としては三五パーセント程度とみるのが相当である。

すると、吉信の逸失利益は次のとおり頭書金額となる(円未満切捨、以下同)。

(1) 1,768,593×(1-0.35)×6.588=7,573,468

(2) 3,226,900×(1-0.35)×12.076=25,329,228

(3) 300,000×(1-0.35)×8.590=1,675,050

(4) 合計 34,577,746

(二) 慰謝料(請求及び認容額・二四〇〇万円)

本件事故の態様、結果、吉信の年齢、職業及び家庭環境等、本件に現れた一切の諸事情を考慮すると、同人の慰謝料としては二四〇〇万円が相当である。

2  原告倫子負担の葬儀費用(請求額・二〇三万六二五〇円) 一二〇万円

証拠(甲九、原告倫子、弁論の全趣旨)によると、原告倫子は、吉信の葬儀を執り行ない、その諸費用として二〇三万六二五〇円を支出したことが認められる。

右認定に吉信の年齢、職業などを考慮し、同人の相当な葬儀費用を一二〇万円とみることとする。

3  過失相殺

吉信の過失が二〇パーセントであることは前記のとおりであるから、その割合で過失相殺することとする。

すると、その後に、吉信が請求できる損害賠償金額は前記1(一)(二)を合計した五八五七万七七四六円の八〇パーセントである四六八六万二一九六円となり、原告倫子が請求できる金額は九六万円(前記2の一二〇万円の八〇パーセント)となる。

4  損害の填補

(一) 自賠責保険金

原告らが本件事故に関し自賠責保険金三〇〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないところ、右金員は損害の填補に当たる。

(二) 労災保険の遺族特別支給金(一時金)

証拠(乙三の一・二、弁論の全趣旨)によると、吉信は、本件事故にあつたとき、業務に従事していたため、業務上の事由により死亡したとしてその遺族に三〇〇万円の労災保険遺族特別支給金が支払われることになり平成六年一一月頃、原告倫子がその振込を受けたことが認められる。

しかし、右支給は、政府が労災保険法二三条の労働福祉事業として行うもので、保険給付ではなく、政府の代位取得の規定もないから、損害の填補として認められない。

(三) 業務上災害特別一時金

証拠(乙四、弁論の全趣旨)によると、原告らと吉信が勤務していた全日本検数協会神戸支部は、平成六年一二月二八日、同支部が原告らに対して一五〇〇万円の業務上災害特別一時金を支払い、当時も係争中であつた本訴につき一切係わりのないことを確認するなどの示談契約を締結し、原告らが右一時金の支払を受けたことが認められる。

右認定によると、原告らは、吉信の死亡を原因として右一時金の支払を受けたものであるが、本件全証拠によつても、右支部が被告に対して求償を請求することは認められないことに右示談契約の内容等を加味すると、損害の填補として認められない。

(四) 遺族厚生年金、港湾労働者遺族年金

証拠(甲七、八、一三の一・二、原告倫子本人、弁論の全趣旨)によると、原告倫子は、吉信の死亡により、平成六年五月から遺族厚生年金(同月から九月までは年額一九八万一六〇〇円で、同年一〇月から年額二〇五万二〇〇〇円)及び港湾労働者遺族年金(同年五月から年額二〇万円)を受給するようになつたことが認められる。

ところで、右受給は、損害の填補として控除すべきであるが、それも本件口頭弁論終結の月の支給決定額までとすべきである(最判平成五年三月二四日民集四七巻四号二〇七頁参照)。

すると、原告倫子に対して損害の填補となる年金は次のとおり合計五六〇万〇六六五円となる。

1,981,600÷12×5+2,052,000÷12×25=55,100,666

200,000÷12×30=499,999

5  相続

原告倫子が吉信の妻で、原告尚志及び原告木村が吉信の子であり、吉信の権利義務につき、原告倫子がその二分の一、原告尚志及び原告木村がその各四分の一の割合で相続したことは前記のとおりである。

そうすると、原告らが請求できる損害賠償金額は、次のとおり(原告ら指定と順序が一部違うが、結論は同じ。)原告倫子が三七九万〇四三三円、原告尚志及び同木村が各四二一万五五四九円となる。

(〔46,862,196-30,000,000〕÷2+960,000)-5,600,665=3,790,433

(46,862,196-30,000,000)÷4=4,215,549

6  弁護士費用(請求額・合計三〇〇万円) 各三五万円

本件事案の内容、訴訟の経過及び認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては原告三名につき各三五万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上のとおり、原告らの本訴請求は、被告に対し、主文第一項の限度で理由があるからその範囲で認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとする。

(裁判官 横田勝年)

交通事故現場見取図

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